カテゴリー: ヨット

ステップ修理

いつも乗せて貰う「MATHUSYOU」の、昇降階段のGUARDが弱っていたので修理をしました。

必然的に、高齢者が乗り降りする事になるステップなので、事故の無いように保全しておかなくては。

板とロープを使って、階段の昇降を安全にしました。

これで、当分は大丈夫です。


OYC総会

OYC(雄琴ヨットクラブ)は、マリーナ雄琴に所属する艇や人達の集まりで、ヨットを通じて、レースやクルージン

グ、ボランティアなどを催して、親睦を図る団体です。

先月も、OYC主催で「餅搗き大会」で楽しみました。

先日、年に一度のOYC総会が開催されて、昨年の決算報告と反省と今年の予定が話されました。

また今年も皆で、楽しい集まりが出来ますように。


ジェネーカー練習

友人がいつも上手にシングルハンドで、ジェネーカーを展開するので、それを拝見に行きました。

ジェネーカーは、こんな処にセット。一人で揚げてゆきます。

綺麗に展開出来ました。ジャイブの様子も動画で撮ろうかな?

ところがところが、この後に風がドンドン上がり始めて、ジェネーカーダウンをしかけた時に大トラブルに。

15knotから18knotの琵琶湖を、メインだけでセーリング。

気温も、この時期にしては低いので2時には帰港しました。


湖上で追悼

昨年の暮れに亡くなった、70歳後半のヨットマンを偲んで御家族と友人20数人が湖上に集まって、追悼しました。

 

故人が大好きだったお酒や、綺麗なお花を沢山積んで出港。

沖に出てから、故人を思い出しながら皆で琵琶湖に捧げました。

もう72歳ともなると、こんなイベントでは、身につまされます。

 

大事な朝にハプニング。バッテリーが弱くてエンジンが掛からなくて大慌て。

とにかく予備のバッテリーで出港して、帰港してから2個とも取り外して充電をして貰うことに。

次回、充電後にもう一度スターターを廻して、それでもダメなら買い換えになりそう。

何とかうまく復帰してくれると嬉しいのだけど。


ヨット仲間で、餅搗き大会

OYC(雄琴ヨットクラブ)が、初めてのイベント「餅搗き大会」を開催しました。

朝からBSCAの2レースを頑張って、2時半からは、シートを杵に持ち替えたヨットマンが登場です。

前夜から水に浸した20キロの餅米を、せいろで蒸します。

火力が弱いので、なかなか蒸し上がらずに苦心しながらも、順調に進みます。

みんなが交替で搗いたり、臼取りしたり。

  

おとなしい恵子ちゃん    マリーナ雄琴の専務とジュニアも

https://www.facebook.com/satoshi.matsuda.54390/videos/2042967542588185/

  

名コンビ     僕も参加

搗き揚がった餅は、すぐに食べたり、丸めたり。

お好みで、おろし大根、あんこ、きな粉、砂糖醤油が有ります。

20キロは16臼くらい有り、餅搗き機で3回搗いて貰って、人力は13臼。

結構たくさん有ったので、みんなお疲れ模様ながら、寒くなる前の5時半くらいには全て搗き終わりました。

めでたし、めでたし。

 

 


オイル交換

マリーナ雄琴の「MATHUSYOU」と「ZERO」のエンジンオイル交換のお手伝いに行きました。

どちらも「ヤンマー1GM」で、約1.5リットルのオイルの入れ替えです。

年間に、100時間も走らないのですが、オイルの劣化も有るらしいので、だいたい1年に一度は交換するのがベストとか?

オイルゲージの差し込み口に、吸い上げポンプの先を差し込んでからポンプをパックン、パックン。

気温が18度くらいなので、ちょっと時間が掛かるが、15分も有れば吸い上げ完了。

ZEROは、オイルエレメントも交換したので、1.8リットルを注油。

MATHUSYOUは、エレメントが無かったので1.5リットルを注油。

エンジンルームの側面に、交換した日時と稼働時間メーターの数字を記録して、全て終了です。

また、今年も一緒にクルージングをよろしくお願いします。


2018琵琶湖開きパレートに参加

このような航行体型を指示されて居ます。

今年も例年より暖かく、春の陽気満々の日に「第63回琵琶湖開きパレード」に参加してきました。

  

MATHUSYOUに、いつもの満艦飾を施して大津港沖へ向かいます。

 

やはり、他の艇よりも抜群に賑やか。

10時20分に、無事黄金の鍵が琵琶湖に投じられて、今年の琵琶湖の安全祈願が終わりました。

ミシガンの後を航行している間に、黄金の鍵は投げられていました。

パレードに参加したら、こんな参加賞が!!!

それからは、春のムードいっぱいの湖上をセーリングしながら比良山沖までセーリング。

今年も琵琶湖で、セーリングやクルージングでたくさん楽しませて貰えますように。

 


デニスコナー

だいぶんにヨレヨレになったトレーナーを、そろそろ処分しようかとよーくみたら「デニスコナー」のサインが・・・。

TO Mugen と有ります。

かっての「Misterアメリカズカップ」が、琵琶湖の和邇ヨットクラブに来たときに書いて貰いました。

平成2年10月10日。

その時のmugenは、ヤマハ30SⅡを新艇で買ってから半年くらいの頃で、和邇ヨットクラブに保管中でした。

シャツにもmugenのコックピットにもサインをして貰いました。

この後、2年後にまた「ヤマハ31S」に乗り換えて、このサインはそのまま下取りに。

当日の参加者。みんな若い。それに、あの人もこの人も居る。

その頃のレースのショット。グラシャスの伊東さんと競ってた。

 


沖縄でセーリングその7。帰途に。

念願の、宜野湾クルージングが実現して満足した3人は那覇空港へ。

四日間、自分の車でいろいろと案内してくれたオーナーさんが、送ってくれました。

彼はまだ数日間残って、一人で楽しむそうです。

最後まで親身にお世話してくれた「noboru」号のオーナーさんありがとうございました。

早めに着いたのでラーメンを食べに入った店で、琉球の民族衣装の兄ちゃんが。

スカイマークは手続きが簡単。20分前にでも発券機にQRコードをかざせば座席表が出るので、好きな席をマー

ク。すぐに搭乗券が発行されるので、そのまま乗れます。

クロワッサン島の上を飛んでる。

往路は雨で景色はダメでしたが、帰りは綺麗に見えます。

雲海の上を飛ぶこと100分で、神戸空港着。往路よりも50分短縮でした。

こうして、沖縄でクルージング計画は、数時間だけでしたが実現出来ました。

余談

「シーサー」

沖縄の家屋の前によく置かれている「シーサー」これの謂われを初めて知りました。

右が大きく口を開いた雄で、福を沢山吸い込む。それを、左の雌がしっかり口を閉じて逃がさないようにしている。

また、沖縄のT字路や三叉路に必ず掲げられた「石敢當」の文字は、魔物が入ってこないようにとのことです。

Ishigando 1

いろいろな土地の、風俗習慣を知るのも、旅の楽しみです。


沖縄でセーリングその6

いよいよ、沖縄滞在の最終日も朝からシトシト雨なので、クルージングは諦めた。

そう決めた直後から晴れ間が見え始めたので、急遽乗船させて貰う事に変更。

マリーナに来ると青空が。エンジンの点検をして、いよいよ出港です。

 

マリーナの突堤を出ると、一面に綺麗な海が拡がりますが、水面下は珊瑚礁ばかり。

パソコンのGPSを開いて、僅かな隙間の深い水路を探りながら沖へ出ます。

 

ちょっとコースがそれると、水深1メートルから5メートルなので、慎重に低速航行です。

航跡を見ると、予定通りのギリギリの水路を通過出来て居ます。

有り難いCmapのサポート。

珊瑚礁を過ぎると安心、のんびりと宜野湾の街を眺めながら航行。

オーナーさんは、このポーズで43日間を掛けてここまで来たのです。

やっとヨットに乗れた満足で、いよいよ帰る支度をして、空港に向かいます。

その前に、空港近くの「旧海軍司令部壕」を見分する事に。

  

悲惨な沖縄戦の作戦は、全てここから発せられて居たのです。

 広い壕の中の最深部の司令官室

兵士が人力で掘り巡らした壕

最後に幹部が自決したときの手榴弾の跡

司令官が自決した20年6月13日に残した電報。

兵士と沖縄の人が如何に大きな犠牲を払ったかを記しています。

知覧の特攻隊記念館でも痛切に感じました。

とにかく、戦争だけは避けないと。

 


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