カテゴリー: ヨット

2018琵琶湖開きパレートに参加

このような航行体型を指示されて居ます。

今年も例年より暖かく、春の陽気満々の日に「第63回琵琶湖開きパレード」に参加してきました。

  

MATHUSYOUに、いつもの満艦飾を施して大津港沖へ向かいます。

 

やはり、他の艇よりも抜群に賑やか。

10時20分に、無事黄金の鍵が琵琶湖に投じられて、今年の琵琶湖の安全祈願が終わりました。

ミシガンの後を航行している間に、黄金の鍵は投げられていました。

パレードに参加したら、こんな参加賞が!!!

それからは、春のムードいっぱいの湖上をセーリングしながら比良山沖までセーリング。

今年も琵琶湖で、セーリングやクルージングでたくさん楽しませて貰えますように。

 


デニスコナー

だいぶんにヨレヨレになったトレーナーを、そろそろ処分しようかとよーくみたら「デニスコナー」のサインが・・・。

TO Mugen と有ります。

かっての「Misterアメリカズカップ」が、琵琶湖の和邇ヨットクラブに来たときに書いて貰いました。

平成2年10月10日。

その時のmugenは、ヤマハ30SⅡを新艇で買ってから半年くらいの頃で、和邇ヨットクラブに保管中でした。

シャツにもmugenのコックピットにもサインをして貰いました。

この後、2年後にまた「ヤマハ31S」に乗り換えて、このサインはそのまま下取りに。

当日の参加者。みんな若い。それに、あの人もこの人も居る。

その頃のレースのショット。グラシャスの伊東さんと競ってた。

 


沖縄でセーリングその7。帰途に。

念願の、宜野湾クルージングが実現して満足した3人は那覇空港へ。

四日間、自分の車でいろいろと案内してくれたオーナーさんが、送ってくれました。

彼はまだ数日間残って、一人で楽しむそうです。

最後まで親身にお世話してくれた「noboru」号のオーナーさんありがとうございました。

早めに着いたのでラーメンを食べに入った店で、琉球の民族衣装の兄ちゃんが。

スカイマークは手続きが簡単。20分前にでも発券機にQRコードをかざせば座席表が出るので、好きな席をマー

ク。すぐに搭乗券が発行されるので、そのまま乗れます。

クロワッサン島の上を飛んでる。

往路は雨で景色はダメでしたが、帰りは綺麗に見えます。

雲海の上を飛ぶこと100分で、神戸空港着。往路よりも50分短縮でした。

こうして、沖縄でクルージング計画は、数時間だけでしたが実現出来ました。

余談

「シーサー」

沖縄の家屋の前によく置かれている「シーサー」これの謂われを初めて知りました。

右が大きく口を開いた雄で、福を沢山吸い込む。それを、左の雌がしっかり口を閉じて逃がさないようにしている。

また、沖縄のT字路や三叉路に必ず掲げられた「石敢當」の文字は、魔物が入ってこないようにとのことです。

Ishigando 1

いろいろな土地の、風俗習慣を知るのも、旅の楽しみです。


沖縄でセーリングその6

いよいよ、沖縄滞在の最終日も朝からシトシト雨なので、クルージングは諦めた。

そう決めた直後から晴れ間が見え始めたので、急遽乗船させて貰う事に変更。

マリーナに来ると青空が。エンジンの点検をして、いよいよ出港です。

 

マリーナの突堤を出ると、一面に綺麗な海が拡がりますが、水面下は珊瑚礁ばかり。

パソコンのGPSを開いて、僅かな隙間の深い水路を探りながら沖へ出ます。

 

ちょっとコースがそれると、水深1メートルから5メートルなので、慎重に低速航行です。

航跡を見ると、予定通りのギリギリの水路を通過出来て居ます。

有り難いCmapのサポート。

珊瑚礁を過ぎると安心、のんびりと宜野湾の街を眺めながら航行。

オーナーさんは、このポーズで43日間を掛けてここまで来たのです。

やっとヨットに乗れた満足で、いよいよ帰る支度をして、空港に向かいます。

その前に、空港近くの「旧海軍司令部壕」を見分する事に。

  

悲惨な沖縄戦の作戦は、全てここから発せられて居たのです。

 広い壕の中の最深部の司令官室

兵士が人力で掘り巡らした壕

最後に幹部が自決したときの手榴弾の跡

司令官が自決した20年6月13日に残した電報。

兵士と沖縄の人が如何に大きな犠牲を払ったかを記しています。

知覧の特攻隊記念館でも痛切に感じました。

とにかく、戦争だけは避けないと。

 


沖縄でセーリングその5

3日目は、とてもあがりそうに無い降り方の雨。

 

ダイナモ、バッテリー、セルモーターの点検修理を2.3時間お手伝い。

その間に、宜野湾ヨットハーバーのアチコチを見学出来ました。

 沖縄料理は盛りだくさんです。

マリーナに居た女の子が、豚の「ツラ」を持って「これからみんなで食べまーす」

昼過ぎにマリーナを出て、北に向かいました。

許田の「道の駅」で、ステーキは1100円。美味しかった。

沖縄の「お経」が道の駅に。

瀬底島大橋を過ぎれば「美ら海水族館」は間もなく。

  

ひっきり無しに降る雨の中、世界最大級の水族館を楽しみました。

回航の終盤、やはりこの沖を通過したときに、大きな建物が確認出来たそうです。

4層に別れた館内は、さすがに大勢の人です。中国語もいっぱい。

ハタ、じんべえざめ、マンタ、海老、うつぼなど、ビッグなものばかり。

巨大な水槽のアクリル板は、厚みが60センチ。

 

深海生物も、見やすく展示されています。

こんなのが海に居るのです。ダイオウイカの標本も有りました。

3時間くらい回りましたが、とても全部観られず。あと3時間は必要です。

また来られるかなあ。

この日の夕食もホテルの裏の「魚枡」

水族館に最終まで居たので、ホテルに戻ったのは8時過ぎ。それから4人で最後の晩餐。

ここも美味しくて安いので、みんな御機嫌です。

特にオーナーさんは、贔屓の酒「白雪」がメニューに有ったので大喜びでした。

こんなに吞んで食べてが続いたら、当然ウェイトが・・・。


沖縄でセーリングその4

午後から晴れてきたので、ヨットに乗る選択も有ったけど、宜野湾マリーナまで戻る時間が勿体ないので観光を

継続する事にして「残波岬燈台」へ。

 

友人のヨットが、浜松から43日を掛けてこの岬へ差し掛かったのが42日目で、ひときわ綺麗に見えたらし

い。その日は恩納村漁港に泊まって、43日目に宜野湾に入って長旅の終わり。

オートパイロット、GPS、セルモーター無しで、シングルハンドで、25フィートの船齢は35年以上。

ヨットに慣れた自分でも、とても出来ない快挙です。彼はヨット歴4.5年。

200円を払って、燈台の上まで上がると凄い眺望です。

この日のラストは小高い公園から「普天間基地」見物。

オスプレイが20機以上で、その他にもヘリや戦闘機がたくさん。

滞在4日間の間、絶えず爆音が聞こえてましたから、落下物はホントに怖いと思います。

この赤いマークの処から見ました。ちょっと遠かったのでカメラの望遠はめいっぱい。

すぐ傍には、日本軍のトーチカ跡が保存されていました。

トーチカへの入り口

銃口は二つ。片方は破壊されて拡がって居ます。

この場所だけでも、日米双方に凄い数の戦死者が出たと思われます。

 

京都出身の犠牲者2530人の慰霊塔「京都の塔」は、立派な造りでした。

この日の夕食は、ホテル横の居酒屋で、3000円で3時間飲み放題。

19年前に来たときは、ヨットハーバーの周りは寂しい処で、店舗なんて無かったのに、今はスーパーや飲食

店がいっぱい有ります。

燗酒も冷酒も美味しかったし、この3000円は値打ちが有りました。

「のぼる」号のオーナーと、ゲストの爺さん3人。


沖縄でセーリングその3

沖縄では、告別式案内に、全ての家族の名前を載せるみたい。

2日目の朝は、ホテルバイキングで、またまたたくさん食べてしまった。

この時期、なかなか晴れないらしい。今日も雨模様なので、島内観光に出る事に。

  焚き口

「やちむんの里」(焼き物の里」)へ行って、大きな登り窯に驚き。

数軒の窯元が管理しているらしいが、余りに大きくて、今では各家に電気窯を持っていて、これは年に一回しか

使わない。

 

読谷山焼の窯元が協同で、販売所を設けているのでいろいろな種類の作品が見られます。

 

表         裏

宮城光成さんの御飯茶碗が、余りに綺麗だったので思わず購入。2000円。

少々キズ有りの700円を2個。

稲嶺盛吉さん

すぐ傍には、大きなガラス工房が有り、5人の人が黙々と作業していました。

稲嶺さんは、名の知れたガラス職人さんです。


沖縄でセーリングその2

一日目の夜は、国際通りを散策。中国語が飛び交って居ます。

偉容な姿の那覇市役所

   ブルーの海老は4万円

国際通りから少し横に入ると、歴史の有りそうな市場が。

珍しい物ばかりが並んでいるので、いつまででも見とれて居ました。

市場の土産物屋さんから、軽快な三味の音が。

こんな楽譜でした。

この辺りで不発弾が見つかって、この日の2日後に広範囲を立ち入り禁止にして処理が行われました。

那覇のメインストリートの国際通りでも73年前の痕跡が、未だ残っているのです。

遅めの夕食は、友人の行きつけの店で、安くて美味しくて沢山の料理を頂きました。

飲み放題なので、ついついみんなの酒量が進みます。

一日目は、吞んだくれ沖縄でバタンギユーでした。


沖縄でセーリングその1

宜野湾ヨットハーバーに係留中の、友人のヨットに乗せて貰うため、3人で神戸空港を発ちました。

神戸は朝から雨。スカイマークの6700円は有り難いです。

   

14時過ぎにホテルに入ると、目の前にマストが沢山見えました。

宜野湾ヨットハーバーまでは、徒歩5分です。

   頼れるエンジン

ヤマハの25は、43日間を掛けて、友人がシングルハンドで浜松から回航しました。

僕にはとても出来ない、尊敬すべき快挙です。

この日は雨模様で、夕方近くになったので、エンジンなどの整備などを手伝っただけ。

  

沢山のヨットやボートが繋がれたこのハーバーのオーナーさんは、沖縄の人よりも本土の人の方が多いらしいで

す。ここへ、セーリングや釣りの為に度々来られるなんて、羨ましい限り。

それに、艇内で生活している人も10人以上居るとの事で驚きました。

しかも、殆ど出港せずに別荘替わりなのです。


ヨット柄の風呂敷

ヨット大好き人間には、丁度良いから差し上げますと、こんなに楽しい風呂敷を貰いました。

ヨットの上で、万歳したり、釣りをしたり、一応シートを引いたりしています。

長期クルージングの時に、衣類などを包むのにどうぞと言われたので、またまた長期クルージングに行かなくては。

ありがとうございました。


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