アーカイブ: 2019年10月

二日連続で

18日は、地域の老人会のイベントで南座へ。

13000円の席が6500円で「なだ万の弁当」付き。これは行かなくては。

藤山直美が主演にも関わらず、喜劇では無くて、なかなかシリアスな芝居が4時間。

見応えの有る「道頓堀ものがたり」でした。

次回は、1月6日の「松竹新喜劇」10000円が5000円です。予約するかなあ。

19日は雨の中、邦楽の会へ。

琴、三味線、尺八のベテランの演奏をゆっくりと聴かせて貰いました。

いつもの太谷祥子さんと三好芫山さんは勿論、人間国宝の富山清琴さんなど、勿体ないくらいの人が出演されていました。

それらが理解出来ると、もっと打ちが有るのですが?


ニンニク酒

30年以上前から、自分で浸けている「ニンニク酒」を、またまた浸けました。

 

ニンニクを、約14個剥いて、朝鮮人参を買ってきて。

 

梅酒を浸ける瓶に、ニンニク、朝鮮人参、ウコンを入れて、ホワイトリカーをたっぷり。

こんな瓶が6個有ります。

こうして数ヶ月経つと、強烈な匂いの「ニンニク酒」が出来ます。

それを、毎日10ccから20ccを吞みます。

果たして、医学的にはどうなのかは不明ながら、これが元気の素と信じています。

 


大津祭

台風が来なければ、別府湯けむりレースに行ってましたが、レースが中止。

おかげで、2年ぶりに天孫神社の大津祭へ出掛けられました。

 

今年も13基が、台風一過秋晴れのもと大津の街を巡行しました。

「神楽山」と「布袋ねりもの」は、今年も宵山のお飾りだけ。

  先ずは「西行桜狸山」の宿へ

これに引っかかってJR大津駅へ廻され、降りたら「明智光秀」がお出迎え。

巡行は何度も見ているので、今回は3年前に復活したという「御神輿」に向かいました。

屋内から出されたばかり

近くの広い処へ運ばれます

広い場所で飾り付けが始まります。

  綺麗に飾られて、街へ渡御へ。

次々と部品が取り付けられます

威勢良く街を練ります

 狻猊(さんげい)と言う、練り物

先触れのお榊と太鼓  これらも街へ出ます

湯立山の所望。

源氏山には、月を愛でながら構想を練る紫式部が乗っています。

どのお山も「所望」が有り、街中の25所ほどで、その所望を披露します。

祇園祭は、危険と言う事で粽は投げられませんが、大津祭は景気よくたくさんの粽を放っています。

神功皇后が弓を引くと、次々に文字が現れる。

午前の巡行を終えた13基は、大通りに並んで昼食休憩です。

今年も粽を貰いました

月宮殿山のお偉いさんは、筋金入りの「お祭り男」

台風の為に、宵山の行事は中止になりましたが、巡行は青空に恵まれて

お囃子の人達は、思い切り張り切っていました。


植え直し

先日種植えしたダイコンの芽が、なかなか出ないと思って居たら僕のミス。

管理人さんに訊いたら「植えた日は水をやるが、その後は水をやってはいけない」

僕は、植えてからすぐが肝心と思い、苗植えのブロッコリーや白菜と同じく毎日水をやってました。

苗を植えたのは、しっかり水をやるのだそうです。

  今度は頼むよ

また「くらま」を買ってきて植え直しです。

白菜は、虫にやられてるので「トレボン」を1000倍に薄めて、霧吹きで吹きます。

ブロッコリーは食われて無いみたいだけど、念の為トレボンを。


レークウェストヨットクラブレース

 コース図

レークウエストヨットクラブのクラブレースに「LWSPOIRさん」に乗って参加しました。

ライバル艇も雨に霞みます。

前日から、一日中雨との予報で朝からカッパを着て臨みました。

よく降りますが、この時期はまだ暖かいから助かります。

前にも後にも、沢山居ます。

雨は降りしきりますが、何とか吹いてくれたので全艇が完走。

LWSPOIRは、最後のレグまでは先頭グループにいたのに、最終のマークでスピンが降りず

ドンドンとオーバーラン。その間に、数艇が抜いてゆきました。残念。

パーティーは、いつもの美味しいカレーが出たのでお替わり。

LWSPOIRは、8着で11位。また次回には・・・。


京都探訪その3

いつもいつも、西大路八条を何十回も前を通る度に、気にはしていたものの

お参りした事は一度も無かった「若一神社」に初めて行く事ができました。

  

地元では「にゃくいっつぁん」と呼ばれて親しまれているそうです。

1166年に平清盛公が「熊野神社」で「772年に土中に入られた上人様を、世にお出しせよ」

とのお告げを聞いて京都に戻り、夜光を放つ処を掘れば「若一王子」が現れたのでお祀りした。

その一年後に大出世をしたので、開運出世の神様と喜ばれているらしい。

  この楠の前を長年通りました。

大楠が、境内にも門前にも有ります。

狭い境内ですが、綺麗に整備されて居て、近隣の人が次々にお参りされています。

御供水      清盛公像     祇王妃の歌碑

こんなに近い処の謂われの有る神社なのに、なかなかお参りする機会が無かったとは!!!

京都の街には、まだまだこのような由緒ある旧跡が有るはずなので、これからが楽しみです。


京都洛南探訪その2

羅生門の次は「西寺」を探します。

 西寺の想像図

唐橋西寺公園の真ん中に有る築山がすぐに見つかりました。

当然、現存の東寺と同じ規模で有ったはずです。

  

この、コンド山が西寺の「講堂跡」らしく、5人の作業員さんが黙々と発掘していました。

今のコンド山

まさか、僕が来る直前、この9月30日から発掘が始まったとは!!!

新しい発見が有りますように。

興國山「西寺」

この公園から数百メートル西で見つけた「西寺」は、真新しいです。

消えた西寺の代わりに建てられたのか、単に「西方寺」が改名したのか?

誰にも判らないとか?

萬木説は「平安京の西寺とは全く無関係」


京都洛南探訪その1

今まで何度も見た「鶯鳴くよ平安京」の地図に、とても気になる物が二つ有りました。

「西寺」と「羅生門」です。何年もの懸案を解決すべく出掛けました。

平安京の地図

東寺は、今も南からの京都の入り口にデーンと構えていますが、西寺と羅生門はどうなっているのか?

往時の立派な羅生門は、これだけです

三船敏郎の「羅生門」

想像図           映画のセット

東寺の西に有ったらしいからすぐに判ると思いきや、なかなか見つからず迷いました。

  

「矢取地蔵尊」のお堂の裏側に有ったのです。

お堂の奥に鎮座されるお地蔵様

矢取地蔵さんの、面白い話しを聞きました。

神泉苑での雨乞いが原因です

守敏の怨みを買った空海の身代わりに矢を受けたお地蔵様は、右肩に矢傷が有るそうな。

何でも見たがりは、近隣の人に訊いて廻りました。「矢傷を見せて貰えませんか」

やっとお堂守のおばさんに逢えましたが

「そんな事あきまへん。お地蔵さんをいつもお世話する私も見たことが有りません。

矢傷を見たら祟りが有るとの言い伝えで、この辺りの誰も見てないし、見ようとしません」

よーく拝んでから、その場を去りました。


藤袴際

 いつの間にか我が家にもポスターが!!!

今年も、藤袴は満開になりました。

  

メイン会場の「革堂さん」の正面は、赤絨毯です。

  七福神さんの前にも藤袴。

 

地味な花ですが、これだけ揃って満開になると賑やかです。

  

お隣の「下御霊神社」の拝殿にも藤袴が。

色がおとなしくて、控えめなのが僕に似ています。(自称)

会期中に、我が家にも数鉢展示をとの話しが有りましたが、運搬の都合で今年は無し。

来年は、置いて下さい。


明倫夜話の座

地域の明倫学区の催し「明倫夜話」で、八幡山の長老がお話しをされると言う事で

拝聴に出掛けました。

お祭りの事、地域の昔話等を

早めに着いて、撮影し易い橋よ取りです。

傘寿とか聞いて居ますが、心身共に溌剌として、毎日の二条城ウォーキングや

月に数回のゴルフをこなされている体力は、なかなか凄い事です。

あやかりたいと、痛切に考えて居ります。


« 過去の記事