アーカイブ: 2019年11月

プエルトガレラヨットレースその6

11月3日の最終レースを終えたら、明けて4日の朝9時30分の船で90分、バタンガスへ。

30日にここまで送ってくれたY氏が、ちゃんと待って居てくれました。

アラバン地区の、アズミホテルへ送ってくれました。

   

バタンガス    マニラのアズミホテル  ホテルの隣の公園

  

雑然とした街中。でも、治安が良いのでとても安心です。

 

治安は良かったですが、とにかく通りを横断するのは命がけでした。車が止まってくれないのです。

最初は、危ないからと走って渡りましたが、それが返って危ないことが判りました。

僕が走ると、車が止まるタイミングが無くてそのまま突っ込んでで来ます。

ゆっくりと道路に出て行くと、仕方無くブレーキを踏んでくれる事が判りました。

  

現金輸送車は鋼鉄です  何処にも、こんな監視が

 

Y氏の案内でお土産を買ってから夕食。物価が安いので嬉しいです。

料理は、650PESOから430PESO。1300円から860円です。

408便、いよいよ搭乗です

11月5日はまた、Y氏に乗せられて、ゆっくりとアキノ空港へ。

 

フイリピン航空で、無事に帰国です。

大勢の人にお世話になった8日間でした。

ありがとうございました。


プエルトガレラヨットレースその5

いよいよレースも最終日。今日のユニフォームは白です。

  日本チーム代表とスキッパーと

最終日、全員ますます元気です。

スタート直後は、こんなに狭い水道を苦労して通過します。

 みんな速い。やはり前に居る艇の方が多いなあ。

レーティングのきつい艇が後からスタートですからね。

最終日の夕方、プエルトガレラヨットクラブで表彰パーティーです。

沢山の賞品が有るけど、日本チームは全然御縁無しです。

料理もいっぱい

国際色豊かなパーティー会場。英語が話せたらなあ。

結局我がアミハンは、6位、8位、9位で、総合は11位に終わりました。

優勝艇を祝福してから、ホテルへ帰途に就き、サバン最終の夜は、沢山吞みました。

 


プエルトガレラヨットレースその4

レース二日目は、紺のユニフォームで。

 ダニエルが彼女を連れてきたので華やかに

  

クラブへビールの氷を貰いに行って、日の丸にサインをしてない人がサインしてからスタートです。

  

スターンの貴賓室 今日はメインシートを担当。上ばかり見てたので日焼けがきつい。

  遠くの灯台かと思ったら、教会でした

快調にセーリングしましたが、ジェネーカー無しの単調コース。

美味しかったです。

三日間、日本人経営のホテルに依頼したお弁当

後続艇が余り居なかったので、期待しないまま帰途に就きました。

  

ゴールの本部艇     スキッパーとクルー  これが「アミハン」

 様々な参加艇

LONDONから来てる 賑やかなレース後のカタマラン

  この艇はムッチャ速かったなあ

ランカウイ島から   ケアンズから!!!

 

豪華艇     レース中、COASTGUARDが廻りを巡回

 

ホテルに戻って、クールダウン。この後部屋に戻って吞むビールの旨いこと。

今夜は、K氏と一緒に韓国鍋です。

辛い方と柔らかい方が有りましたが、赤い方が美味しかったです。

2人前で1200PESO(2400円)です。

ビールは小瓶しか無く、30PESO(60円)とか50PESO(100円)

前菜やお肉など盛りだくさんで堪能しました。

 


玉葱の様子

5日前に植えた、玉葱の苗の様子を点検に行きました。

まだ、しなーーーとしていますが、まあ大丈夫。

これから新芽を出して落ち着くだろうとの、管理人さんの話でした。

水をやってから帰ろうとしたら「天気予報を見てないんか、明日から二日間は雨や」

今日はやらんでもええよ。月と火が雨なら、木と金は大丈夫だから、土曜日に水撒いたりやー。

白菜、玉葱、大根、ブロッコリーを一巡。


プエルトガレラヨットレースその3

11月1日、レース初日です。

  琵琶湖からはこの3人

高いアミハンのハンデ  右上の島手前のブイ廻り

 日の丸を揚げて出港

日本チームは鹿児島から7人、琵琶湖から3人の精鋭。

  

スターンでは余裕の様子        いよいよスタート

いろいろな国のいろいろな種類の艇が参加です。

時間差で先に出た艇を追いかけます。良い風が吹いて、快調にセーリング

スキッパーのサイ氏と、クルーのダニエルはよくやってくれます。

途中でジェネーカーを展開して頑張ります。この日のアミハンは6位。

やはり、レーティングの変更はきついです。


久しぶりの東京その5

昭和39年春から昭和44年末までお世話になった「丸十小泉東京支店」の、先輩や同輩、後輩の人達との

懐かしい出会いです。

全員が独身寮に住んで会社に通って居たので、朝から晩まで何もかも一緒でしたから、深いお付き合いになります。

同期入社のT君

僕よりも後輩なのに、大変立派な頭の人も多いです。

社員は、殆どが京都、滋賀の出身でしたが、皆さん東京近辺に落ち着いています。

今回は京都から僕が、滋賀からもう一人が参加しました。

 全員でパチリ

学校の同窓会と同じく、何年のブランクが有っても、逢った瞬間に過去に戻れる楽しい仲間です。

ライバルとして売り上げを競ったり、力を合わせて大きなイベントに臨んだり、毎晩毎晩麻雀をしたり。

彼らの顔を見ていたら、次々にいろいろな想い出が浮かんで来ます。

「万商ビル」は建ちません

僕の退社時に、皆が書いてくれた励ましの寄せ書きを持参して見て貰いました。

来年は泊まりがけでの開催と約束して、後ろ髪曳かれつつ、東京駅に向かいました。

大変お世話になったTさん父子と、懐かしい同僚さん、ありがとうございました。


久しぶりの東京その4

午後からは家内をK父子にお願いして、一人でかつての会社跡を散策に。

      40日間入院の怪我

会社跡には高層ビルが建築中     独身寮は跡形も無し  53年前、ここでバイクの事故

 H(株)さん

毎日歩いた問屋街、掘留町、久松町、芳町、富沢町、浜町、人形町を2時間歩きました。

  何とか判明の店

M(株)さん     M商店さん跡    T商店さん

僕は約10社を担当して、毎日毎日売り込みに歩いて廻った町々です。

1000店以上有った呉服問屋さんは、パラパラしか見えません。

 

甘酒横丁      明治座への道     鯛焼きが大人気

格子造りだった「やぶ蕎麦」は、こんなビルに

参拝客が大行列の「水天宮様」にお参りしていたら、そろそろ時間が。

地下鉄に一駅だけ乗ります

50年前に退社した呉服卸「丸十小泉東京支店」の皆さんとのOB会に参加する為に

人形町から小伝馬町まで。


久しぶりの東京その3

 こんなビル、中はどうなってるのかな?

品川での快適な朝を迎えたら、東銀座に移動して

  二日間、ありがとうございます。

30分並んで、トリコロールでの朝食。ため息の出るような調度品ばかりです。

銀座の街並みを散策始めたら、いつまででもキリが有りません。

  

昭和40年頃は「三愛」 いきなりの1号店  元女優さん経営の喫茶

東銀座と言えば歌舞伎座。

「歌舞伎ギャラリー」が出来てるとは?よくまあ案内してくれました。

歌舞伎に関するいろいろな物が、集大成で見られる様になっています。

白波5人男にもなれます

人が入る馬に、てふてふも。隈取りについてもビデオでゆっくり見られます。


久しぶりの東京その2

表参道は初めてです。センスの良い ディスプレイが目を惹きます。

  

知恵とお金がたっぷり掛かって居そうなお店ばかり。

  

名の有るロブスター屋さんとチョコ屋さん  こんな飾り方が有る

   まい泉通りの「まい泉

筒井康隆の表札が   化粧品屋さん

大通りには、ブランド品の名前がいっぱいです

サテライトスタジオには、4人のタレントが生出演

渋谷センター街

スクランブル交差点は渡りたい  「ハチ公」も見なくては

ホテルの有る品川へ ホテルは高山稲荷さんの隣

 

ホテルの部屋からタワーが  水族館も有ります

ホテルの部屋の真下に品川駅が。

 

バイキングはスルーして、ホテル内のレストランへ

タワーが3棟も有るので、外出したら帰り道のマークにパンをちぎって撒かなくては。

 

ドリアとタンシチューなど、どれもこれも美味しくてついつい食べ過ぎです。

ビールもウイスキーも吞んで、大満足でぐっすり。

 


久しぶりの東京その1

数年ぶりで、家内と二人で東京に出ました。

伊吹山も富士山も、晴れ晴れで迎えてくれました。

  納骨堂って、初めてです

大変お世話になった奧さんが亡くなられて3回忌、納骨堂に祀られました。

そこへやっと、お参りすることが出来ました。

 

奧さんとおばあちゃんとが、隣同士に落ち着かれています。

3フロア吹き抜けの巨大な大仏様が、御護りされています。

 ここからは、スカイツリーもタワーも見えます

自宅にお邪魔して、お茶を頂きました。

生ハムも、自分で切って頂きました。

有名なお店     昼食バイキングは、やはり食べ過ぎました

小田急に乗って、代々木上原で乗り換え。

さあ、東京見物です。


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