アーカイブ: 2011年3月

北九州の「スペースワールド」

春休みで、北九州の「スペースワールド」は、子供連れがいっぱい。いつもは閑古鳥が鳴いて居るから、こんな時が有っても良いかなあ。萬木


九州出張

昨夜は、19時に大阪港をフェリーさんふらわあで出港。今日の朝7時に別府港に到着して、九州出張の始まり。4日間の大分、福岡を巡回です。


タコ焼き

娘家族4人が、道具持ち込みで「タコ焼きパーティー」にやってきました。一度に30個焼ける鉄板では、15分くらいで出来上がります。

自家用なので、蛸、キャベツ、ネギはもちろん、天かす、しょうが、キムチ、ソーセージがたっぷり入って、なかなか美味でした。

10回くらい焼いたので、300個。よくまあ食べたこと。あとでお茶漬けをと思っていましたが、とてもとても。お腹が膨れてうつむけない状態でした。

家族4人は、2泊したあと、元気に舞鶴へ帰りました。


雄琴カップレース

これに成績がついてくれば尚良かったのだが。

mugenは、ここしばらくレースの本部艇が続いて居たので、昨日は5ヶ月ぶりのレース。

しかも、主力クルー3人が自分たちの艇でエントリーしたのでちょっとメンバー不足。

コーチのくりちゃんからの叱咤激励もなかなか功を奏せず、どんどん他艇に遅れを取り、5着に。修正では、8位まで落とされた。

ライバルのmore&moreⅡさんや、Laguna Boysさんにもしっかり負け。

でもまあ、楽しいレースではあった。これに成績がついてくれば尚良かったのだが。


書家「紫舟さん」

昨日3月23日は、書家紫舟さん関西初の個展の初日でした。mugenにも度々乗船してくれている、交流の深い彼女のイベントですから、仕事を早じまいして神戸そごうまで行ってきました。

大勢の人が彼女の周りにいっぱいで、会場は大盛況。

7時からのレセプションにも、桂三枝さんや、中村泰二さんの顔も有って楽しい会でした。

また、つい数日前にテレビで生パフォーマンスでの大作「日本一心」も、前日に運ばれてきてメイン展示して、震災で被害に遭われた人々を励まして居ました。これは、紫舟さんの力が入りすぎて、ちょつと破けてましたが、綺麗に修復してありました。

いろいろ沢山の作品や、彼女愛用の筆も展示されていてなかなか興味深い内容でした。

うちのかあちゃんが話して居るのは、西宮の名艇「ROSSETTI」のオーナー道満氏。

紫舟さんとは、大変長い繋がりなので、その関係で我々とも親しくさせていただいている人。


家庭菜園

友人が4月からの「無料貸し菜園」を紹介してくれるので、楽しみにしています。

狭い処では有っても、陽当たりと水が良いらしいので、我が家とは全然育ちが違うでしょう。

友人や、ベテラン指導者からのアドバイスも貰えるそうなので、若葉マーク農夫にとっては有りがたいです。

ただ、畑に通える回数が限られるので、それに合わせた品目を選んで植えなくては。


ネギだけの菜園

数年前から、陽当たりの悪い我が家で、時々野菜を植えて食するのを楽しみにしています。

ところが、条件が悪いのでこれまでで成功したのは「ネギ」だけで、ナス、キュウリ、芋類はやせ細って育たず。

それも苗からでは無く、地方の畑で大きく育った物を貰ってきて植えるだけ。

ただし、それを植えて肥料と水の世話さえすれば、食べても食べても生えてくるので、嬉しい事この上ない。

最近も、舞鶴の娘から貰ったもの(左の画像)と、安曇川の友人から貰ったもの(右の画像)をセットしたので、大事に食べながら、育てながら当分の間楽しめそうです。

ちなみに、レンジでチンしてからポン酢と胡椒につけるのが最も簡単で好きな食べ方。

これは、真紀ちゃんのお父さんが教えてくれた。食通だったお父さんからは「生湯葉」の美味しい店も教えて貰った。


虚空蔵さんへ十三詣り

十三詣りで、孫の汰門が奉納した文字は「翼」だった。五十三年前の僕の「大」はやはり負け。

お詣りの後、孫は、一度も振り返ることなく無事に渡りきった。

虚空蔵菩薩に授かった知恵は、温存されたようだ。


十三詣り

原発の冷却も少し進み始めたようで、復興も起動が始まった。不安が少しずつ減ってゆく。

テレビも、通常放送が増えてきたし、前に進んでいることは確か。

救済から孤立の地域が有るのだけは至急に解消してあげてほしいなあ。

こんな時ではあるが、明日は我が家の内孫の十三詣り。

京都では、中学に入るときの春休みには嵐山の「虚空蔵さん」へお詣りする子供が多い。

正式には「法輪寺」という、渡月橋から直ぐのお寺に詣って、十三才になったお礼と知恵を授かってこれからの息災を願う。

お詣りの際には、何か一字好きな文字を書いて奉納するのだが、僕の十三詣りではこれが原因で両親に叱られた。

僕は「大」と書いたのだが、偶然出会った友人「たじやん」は「剛」と書いてた。

「あの子はあんなに難しい字を書いてるのに、お前の字は簡単や」と・・・。もう、五十三年前の事である。

それから渡月橋を振り返らずに渡りきる。途中で振り返ると「虚空蔵さんから授かった知恵を無くしてしまう」とのこと。

今から思うと、僕はあのとき、振り返ったのかも?


明るい話

世界中が経験したことの無いような惨事を受けている日本では有るが、略奪、暴動が起きることもなく、みなさんが助け合って粛々と自分の周りの事をしている。

我々は当然のことと思って居たけれど、諸外国の人達はそれを「希少な事」とみているようです。

この新聞記事は、中国の話ですが、ラジオでも、アメリカ在住の人からのコメントとして「我々日本人の礼節の高さに関心が集まって居ます」と放送していました。

嬉しい話しでは有りますが、とにかくみんなが元気で居てのことです。

世界に自慢できる日本人の「心」をますます拡げる為にも、復興に全力を注がなくては。

被曝を承知で事故の収拾に当たってくれているひとたちの苦労が早く実を結びますように。


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