カテゴリー: お参り

大文字の送り火

今年から女子大生になった孫娘の学生寮の屋上から「送り火」が観られるとの事で

ファミリーが7人揃ってお邪魔に行きました。

 

8時丁度に「大文字」が点きました。

大文字は、七十五の火床で、100束の麦わらと600束の薪を燃やします。

麓の町の52所帯が、毎年火床の受け持ちを替わりながら担当して火をつけます。

 妙法

それから、5分おきに次々に点火されます。

妙は、火床が103で法は63.薪を332束と、松葉を166束燃やします。

妙は、松ヶ崎の住人が火床を担当。法は「松ヶ崎大黒天」の檀家さんの担当です。

二つで82戸の人達が奉仕してくれています。

 

船形      左大文字

船形は火床が79,薪は400束、松葉を130束燃やします。

左大文字は、火床が53で、薪が400束です。

最後に点火の「鳥居形」だけは、残念ながら全く見えず。

ネットから貰った、鳥居形の画像。

ここはとても低い処なのです。

火床は108,薪も108束で、40戸程の人々が奉仕されています。

でも、これだけ沢山が見える場所に来たのは久しぶりです。

「あOOちゃん」ありがとう。

この日に向けて、火床まで沢山の薪や松葉や藁束を運び上げて

当日は火床のお守りをされる、民衆の大きな奉仕で支えられています。

我々が後生に伝えようとしている祇園祭も大文字送り火も、陰では大きな力が働いています。

 

 

 

 


八幡山の吉符入り

例年、17日の前祭り巡行の翌日に、八幡山では吉符入りの神事が行われます。

午前10時の開式前、既に大勢の皆さんがお集まりです。

開会を待つ、長老の方々。

今年のお祭りも滞り無く行えるように、全員で神前に拝礼してから御神酒を頂きます。

お山を監視する当番籤も引きます。

今年のお祭りの全てを取り仕切る主行司さんから、今年のお祭りについての説明があります。

みなさん、真剣な眼差しです。

午後からは大工方によって、八幡山の組み立てが始まります。

20日には、組み上がったお山を皆で試し曳き。

町内の人や観光客も一緒に、お山を曳いて町内を往復しました。

21日には、土蔵から全ての懸装品を出して、町会所に展示します。

そして、21.22.23日の宵山で、多くの皆さんに八幡山を観てもらって

粽や鳩笛鳩鈴をお授けした後、24日は八幡山に第一番の飾り付けをして巡行に参加します。

台風5号が近づいて居るけど、大事無く過ぎてくれますように。


鬮取り式

いよいよ今年も、祇園祭が始まります。

七月一日の「お千度」が行われて、明けて二日は、京都市会議場で「鬮取り式」です。

今年は、一般見学者に混じって高見の見物をさせて貰いました。

  森宮司さんの挨拶

十時の開式前に、京都市長を始め、八坂神社、清々講社、山鉾連合会のお偉方が壇上に。

  

清々講社挨拶。    市長が正面に立ちました 各組毎に鬮が作られます

鬮を引いた山鉾の代表は、先ず市長に見せて、その後会場に披露します。

全部が引き終えたら、市長から鬮札を受け取って、また皆さんに見せます。

八幡山は、後祭りの「山第二番」を引きました。

前祭りは全23基の山鉾が有りますが、十七日の巡行で鬮取らずとして、長年の間順序が決まっている鉾が6基有りま

す。それらを除いた17基が鬮を引きます。

後祭りは、全11基の内5基が鬮取らず。6基だけが鬮を引きます。

数年後の巡行実現を目指して再建中の「鷹山」の理事長は、今年から「唐櫃巡行」をしますとの挨拶を。

前祭は十日から鉾建てして、十七日に巡行。後祭りは、十八日に鉾建てして、二十四日に巡行。

いよいよ、準備に力が入ります。

鬮取り式が終わると「祇園祭功労者表彰」

今年は各山鉾町から、二十五人の人が永年功労表彰を受けられました。

八幡山からも1人功労者が有りました。おかげさまで、僕も十年ほど前に受けました。

京都市庁舎大改装計画の為、来年はこの会場は使えないと言う事で、皆さん名残を惜しみながらの退場です。


山科探訪-勧修寺

随心院から、10分くらいで「勧修寺」に行けます。

このお寺「かじゅうじ」と読むらしいです。初めて知りました。

 

先ずは「亀甲垣」が迎えてくれます。

御所から移築の寝殿  さざれ石     光圀寄贈の燈籠

 

千年杉       観音堂     本堂は台風にやられたまま

庭園には、いろいろな鳥が憩って居ました。 白鷺  青鷺

早咲きの梅も歓迎してくれました。


山科探訪-随心院

2月早々とは言え、思いがけず穏やかな日、先ずはいつもお邪魔する「松花堂美術館」へ。

松花堂昭乗の作品は勿論、上村淳之、土佐光竿、富岡鉄斎、狩野安信などの名だたる画家の「陽春のはなやぎ」が沢

山鑑賞出来ました。

その後、山科の随心院へ廻りました。

小野小町をお祀りした、見事な造りのお寺です。

まさかとは思って居ましたが、小野小町も小野道風も、あの小野妹子の子孫だったのです。

目らウロコです。

   

実に立派な薬医門   薬医門を内から    庫裏の屋根

   

小野小町の生涯の図   小野小町を乗せた輿   小野小町の化粧井戸

実によく、手入れが行き届いた庭園です。

どこにも、みごとな厚い苔が蓄えられています。

床板は語る      庭園は、何処を観ても見事です


八幡山の役員会議

八幡山の役員が揃って、昨年度の事業報告と決算報告を確認しました。

ここ何十年もの間、お祭りそのものの運営は、実に順調に推移しています。

しかし、収支決算は、年々嵩んでくる費用の増加で頭の痛い状態です。

また今月末に集まって、諸々の問題を話し合わなくては。

その後は、7月のお祭りに向けて、準備が始まります。


壬生寺の節分祭

我が家の新年は、大晦日の車折神社へのお礼参り、元旦の初詣。

十日恵比寿、節分詣りを済ませて一連の儀式を終えます。

四条通から、屋台がビッシリと並んだ壬生寺道を南へ南へ。

嵐電の踏切は、年に一度だけ賑わいます。

 ここでは、毎年御詠歌があげられています。

立派な門をくぐって本堂へゆくと、いつものように沢山のお鏡さんが供えられています。

いつものように、壬生だるまを求めて、昨年のだるまを返します。

開演前に撮影

珍しく「壬生狂言」に、並ばなくても入れたので「節分」を50分間鑑賞しました。

25年前の年賀状は、壬生さんの事を書いていたのを思い出しました。

年に一度、節分に見せて貰う、きんつば焼き。今年も元気に、壬生寺にお参り出来ました。

萬木 寛次さんの投稿 2017年2月3日金曜日

壬生寺道には、有名な「きんつば屋さん」が。凄い売れ行きですが、大盛況も年に一度だけ。

これは、2年前の動画です。

壬生さんの帰りはいつも「元祇園さん」へもお参りです。

今日も、ひっきりなしにお神楽が奉納されています。

今年も元気で、一年が過ごせますように。