70年来の友人から、我々には似合わない晴れがましいパーティーに呼ばれました。
神戸ポートピアホテルまで出掛けました。
開宴前。
女性方が皆で共に教養を高めて世の中をリードしてゆこうという会の、発足20年の記念パーティーでした。
お偉い方々からの挨拶、祝辞が有って、クラブの変遷を動画で紹介してから乾杯。
もう、何度も呼ばれて居るので、知り合いの人も沢山居ます。
楽しい食事になりましたが、アルコールは、最初の1グラスだけなので
家内や、友人の分まで貰ってしまいました。
大勢の方がステージに上がり、クラシックを披露されて居ました。
聴き惚れます。
ラストは、会員さん達が日頃のコーラスの練習の成果を聴かせてくれました。
お土産まで貰って、嬉しく帰途に就きました。
みなさんありがとうございました。
新聞で、東本願寺の御影堂の前に、巨大なこけしが横たわっているとの記事が。
何でも見たがり、聞きたがり、やりたがりとしては、是非とも行かなくては。
居ました居ました「こけしの花子さん」
時々可愛い声で「ゆっくりしていってね」と言ってくれます。
なんと、息子も夜の花子さんを撮影してました。
地域の防災会議の委員になってから6年くらいです。
毎月第3木曜日は定例会議ですが、今回はつい先日起こったトルコ地震の直後なので
特に気が入りました。
我々の地区には、3300人くらいの住人が居て、そのうちマンションには3割から4割くらいの
人が住まいしてるようです。
大災害が起きたときは、まず二条城か御所に逃げ込んで落ち着くまで待つ。
その後は、芸術センターを避難所として開設する事になっているが、収容人員は700人ほど。
マンションの人達は、建物が壊れて居ないと想定して、自宅で過ごして貰う。
それでも残った人全員は収容できないし、沢山のホテルに泊まっている人達はどうするか?
また避難所用の備蓄品や飲食物は実に寂しい内容。
発電機1台、照明器具1台。これだけを聞いただけでもだいたいが知れます。
何日後に来るか、何年後に来るかは判らないけど確実に来る大地震にしっかり備えておかないと。
六年前に、大阪湾で遭遇した潜水艦の動画を僕がYouTube投稿していましたが
それが13000回再生されたらしいです。
航行はせずに、停止したままで後尾から水を吹きだして居ました。
恐る恐るづいたら、船員が手を振ってくれたので安心して艦の周りを一周しました。
僕は数年前から、町内の防災委員を受け持っています。
それで、学区での「防災会議」に度々出て、大災害の時の対応について相談しています。
八幡山を擁する我が「三条町」でも、先ずは緊急用備蓄飲料水の備蓄をと
提唱して、所帯の数だけの飲料水二リットルを180本備蓄しました。
ところが、その備蓄水の賞味期限が来てしまいました。
そこで今度は、少し高いけど5年は大丈夫という「備蓄用水」を180本購入しました。
大勢の人のお手伝いで、2リットル6本入りの30ケースを土蔵から取りだして、
新たな180本をまた収納します。
縁の下に入れるので、難しい作業になります。
取りだした期限切れのペットボトルに、説明書きを貼りつけて。
町内へ配布する準備も、大勢の人が。
皆で全町民へ配布します。
最悪、これを使うような事になったら、各家庭でこの2リットルを大事に使って
行政からの支援までを繋ぐになります。
この備蓄水を使うことなく、また5年後に入れ替えが出来る事が出来ますように。
こんな記事を見つけました。
こちらから。
こちらからも。
こちらからも。
もう45年くらい前に、我が家に縁の「弘法大師の仏像」を、高野山の「龍光院」に預けていたところ
20年くらい経過したころに、もう預かれないと言われて宝塚の「鷲林寺」い移して貰いました。
それからは、年に一回か二回は鷲林寺にお参りして「御大師酸さん」にお逢いしています。
先日は、いずれ僕が行けなくなる日に備えて、息子達を連れてお参りしました。
その鷲林寺さんの境内に、15年前に素晴らしく綺麗なトイレが新築されて喜んで居ました。
檀家さんの寄贈でした。
そのトイレが、一部の人達にひどく荒らされていて、住職さんの手に負えなくなってしまったのです。
何年も悩み続けた住職は、とうとうトイレの撤去を決断されました。
ハイカーらしき一部の非常識な人の為に、大勢の人が困る事になりますが、殆どの人の書き込みが゜
鷲林寺さんの決断に同調しています。
僕がお参りするときは、庫裏のトイレを借りるので不便は無いですが、六甲山のハイカーは困るでしようなあ。
でも、それは自分達が撒いた 種です。
サッカーワールドカップの日本選手やサポーターが、ロッカールームやスタンドを綺麗にしているのに。