東海道「関宿」

東海道五十三次の起点の京都三条大橋から、七番目の宿場街「関宿」に行ってきました。

これまでに、伊勢、なばなの里、御在所岳へ行く途中で「関宿」の標識がとても気になっていましたが、やっと出掛けら

れました。

東海道五十三次

京都から関まで来ると、江戸行きと伊勢行きの分岐点なので、とりわけ賑わって居たらしい。

 

1.8キロの間に、二百軒もの町家が有り、そのうち四十数軒がお宿。

あとは、それらの宿に関連する人達の民家で有ったようです。

中でも、玉屋、鶴屋、会津屋がビッグ3で、旅人の憧れの宿だったとか。

玉屋は現在、資料館となって往時の宿を再現して、我々を楽しませてくれます。

 

なかなか立派な造りで、怖そうな親爺さんが座っていました。

  

欄間が凄い。こんな部屋でゆっくりと寝られるのは、スイート価格で有ったろう。

  

江戸末期の、典型的な町屋をそのまま残す「まちなみ資料館」

興味を惹いたのは、土蔵の壁に貼りつけられた木の板。それに小さな木を当てて、鉄鉤で留めています。

何でも知りたがり屋は、やはり尋ねました。

日頃は、土壁が風雨にやられないように木の板で保護しているが、近所で火事が起きると保護板から類焼し易い。

そこで、短い木を上から叩くと鉄鉤から外れて、簡単に保護板が外れる。火事が収まればまた板を取り付ける。

実によく考えられたしくみです。

 鐘楼

丁度宿場の真ん中辺りに位置する立派な「地蔵院」

  

雨模様が幸いして、人が少なく落ち着いて街並みが楽しめました。

  

よく整備されています。

  

ふたつの資料館以外は、住人が居るままなので、このような景観を維持するには大勢の人達の理解と協力が必要で有ろ

うと思われます。祇園祭の維持も費用と人材が大変なんですよ。

ビッグ3の「鶴屋」に、今も残る「千鳥破風」

大店の真ん中に有る玄関の頭上を飾っていたらしいが、今は左側が取り壊されているので端になってしまったらしい。

11月には「関宿夏祭り」が有るが、山車の出る7月の「関宿祇園祭」方が良いなあ。

 

 

 

 

 


«
»
 

トラックバックURL

コメントを書き込む