アーカイブ: 2013年10月24日

爺さん4人の九州気まま旅行その8

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軍艦島クルーズの船から降りてすぐの処に「出島

400年程前は、徳川幕府の政策で、外国船はこのような特別区にしか着岸できなかったのです。

その当時を「出島博物館」のような形で、原寸とミニチュアで忠実に再現して、詳細に教えてくれます。

今も発掘は続けられていましたから、これからも新しい発見が・・。

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爺さんヨットマン4人としては、次回きっと新西からクルージングして来るであろう「出島ヨットハーバ

ー」は、ちゃんとチェック。電話番号もバッチリ。

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別府湯けむりレースをメインに、4人の爺さん達が気ままな旅を続けましたが、いよいよ旅の終焉。

10月17日の夕方に、名門大洋フェリーに乗ったら、18日の朝は明石海峡大橋です。

「じいじいはいつ帰ってくるの?」とのメールを貰った人も居ますから、さあ、ファミリーがどんな顔で

出迎えをしてくれるかな?

 


爺さん4人の九州気まま旅行その7

DSCF1588 DSCF1590長崎のホテル「異邦館」の朝食と玄関。DSCF1602   DSCF1594 綺麗な船で長崎港を出港。

今回は気ままな旅行ながら、ここだけは行くことが決まって居ました。「軍艦島上陸」です。

DSCF1595 DSCF1596 DSCF1598  途中の島、伊王島の教会。

いろいろな島や、造船所を海から眺めながら軍艦島に向かいます。

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先着の艇が出港するまでは沖待ち。軍艦の姿そのままです。いよいよ上陸。

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軍艦島は、本名「端島」で、過去に90年間石炭を掘り続けていました。

小さな島に9000人もの人が住んで、24時間操業していたそうです。

海底1000メートルまでへ斜めに入って行き、気温40度、湿度99%の中での採炭は、超過酷ですか

ら、何百人もの犠牲者の記録が有りました。

それでも、収入のために危険を覚悟で働いて居た人達は、この島が観光客で溢れのを見て、どう思うので

しょうか。

修学旅行の生徒さんも居て、軍艦島ツアーは満員で、乗れない便も有りました。

DSCF1625 三菱造船所は、建造中の船が見えなかった。

DSCF1626  DSCF1629 DSCF1627こんな船も。

島からの帰途、豪華客船の「飛鳥」と「アムステルダム」が並んでました。

台風を避けて、臨時に長崎港へ避難したそうで、この日の夜に上海へ向けて出港とか。


爺さん4人の九州気まま旅行その6

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多比良港のすぐ傍に、阿蘇山の噴火で100キロも流れてきた溶岩が有ります。

怖い話ですが、何十万年も前。

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島原城下には、いまでもこのように武家屋敷の様子が残されています。

ここから毎日、お城へ出勤されていたのです。

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普賢岳を北から望む。      南から。

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眺めて居れば華麗な普賢岳では有るが、20年前には大噴火して、火砕流と土石流の為に多くの人と家

屋を呑み込みました。

博物館や、記念館でその忌まわしい犠牲を再び出さぬように戒めています。

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火山が有るが故の利点は温泉です。街の共同温泉は300円。爺さん達にはうってつけです。

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雲仙地獄も散策。こんな様子が、365日続いて居るのです。

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長崎駅前のホテルが見つかったので、夜の長崎入りです。

夕食会場は、ホテル契約の近くの居酒屋だとはおもしろい。

やはり、しっかり呑んで食べてからお休みです。